相変わらず熊谷で暮らしている。この街はとなりの館林と日本一を競うほどの暑さだ。関東平野のまん真ん中にあって夏は毎日暑いし、冬は赤城山や秩父山地からの冷たくて強い風が吹き付ける。
そんな熊谷に年間60日以上滞在していると、東京ではなかった食文化のカルチャーショックを受ける。
まず、東京はそば屋が多いが、荒川と利根川に挟まれた水はけの良い土と、内陸の寒暖差が激しい気候は小麦の生産に適しているそうで、北埼玉一帯はうどん文化だ。
このほかにも吉原殿中に似た五家宝という米菓子。東京では見ない焼きそば専門店。フライと呼ばれるキャベツ抜きのお好み焼きのような小麦料理。さらに銭型のフライが転じてゼリーフライという名前の小麦とおからを混ぜて揚げた料理もある。
ラーメン屋でも麺のおいしさを全面的に出した「ゴールデンタイガー」という店があり、うどんのような麺をスープなしで提供する。うどん文化の熊谷だからこそ、店を出したかったと店主は語る。
鰻や食用鯉、ナマズなどの川魚の店も多い。でもなぜか海の魚の刺身もおいしいと思ったら、店内に「当店は毎朝豊洲市場から仕入れております。」との張り紙。
食べ物の話ばかりだが、仕事で来ているので平日の日中に出歩くことができない。渋沢栄一の生家もあり、記念館になっているためいつか行ってみたい。
おとなり行田の足袋や人形など伝統的な工芸も数多く残っている。足袋は伝統芸能の人が履くイメージだが、マルジェラみたいな足袋型のスニーカーやサンダルなんかも売られており、最近ベアフットシューズにハマっているのでぜひとも履いてみたい。
人形が有田焼や博多人形のように陶磁器製ではないのは、やはり関東の土は繊細な焼物には向かないからなのだろうか。調べてみると、水はけの良い土は水を含みにくいため強度を保ちにくく、鉄分が多いため焼いた際に変色しやすいのだそうだ。関東の焼物といえば笠間焼や益子焼だが、たしかにどちらかというと分厚くて野暮ったい印象だ。だからこそ木で人形を作るのがスタンダードなのかもしれない。
土地に根付いている文化や産業には必然性がある。長期滞在をつうじてその土地の文化や歴史を知りながら、なぜそうなっているのかを見つけたいものだ。
